焼津市民の命を守る「RADIO LUSH」が目指す、災害に強い街づくりと情報伝達の最前線

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地域で活動する人を全力で応援し続けてきた齋藤 まきさんが描く地域防災への想い

たった一人の熱狂から世界が動き出す想いをインタビューする「On the One」。今回お話を伺ったのは、幼少期から静岡県内を転々とし、社会人になってから焼津の街で長く過ごすようになり、「この街のためになにかしたい」と動き始めた齋藤 まきさん。その動機から、現在のラジオ局での仕事を通じて焼津の街に還元したい想いを伺いました。


(齋藤 まきさん)


齋藤 まきさん
1973年生まれ。山形県出身。
父親の転勤により静岡県内を転々とし、18歳で焼津市に移住。高校卒業後、地元の金融機関に約20年間勤務し、その後は派遣社員として働きながら、地域でボランティア活動に励む。「やいづテレビ」の運営に深く関わるようになり、現在は焼津で設立されたコミュニティFM局「RADIO LUSH(レディオラッシュ)」の総務制作部として働いている。

焼津との出会いと地域への想いの萌芽

myicon編集長 ケンフィー今はどんなお仕事をされていますか?

”"齋藤 まきさん今、私が関わっているのは、RADIO LUSH(レディオラッシュ)という焼津に新しくできたコミュニティーFMです。コミュニティーFMというのは、すごく狭い範囲の中で聞ける地域に根付いたFMになりますが、RADIO LUSHではインターネットを通じて、全国で聞くことができます

myicon編集長 ケンフィー映像も活用されているんですよね。

”"齋藤 まきさんはい。私たちのコミュニティーFMは、映像をうまく活用しています。おそらくラジオ局では、全国で初めてだと思います。

RADIO LUSH公式サイト

myicon編集長 ケンフィー元々は、焼津ご出身ですか?

”"齋藤 まきさんいえ、実は両親が山形県の出身で、私は父親の転勤で静岡県沼津市に来ました。焼津に引っ越してきたのは、18歳の頃です。

myicon編集長 ケンフィー18歳で焼津に引っ越してきたのは、親の仕事の関係ですか?

”"齋藤 まきさんそうですね、父親の仕事の関係です。ただ、小さい時は主に東部・伊豆方面にいました。中学ぐらいに、藤枝市→焼津市という感じで、引っ越ししています。焼津市に来た時は、私はまだ高校3年生だったんですが、そのまま地元の金融機関に就職をしました。

myicon編集長 ケンフィー焼津に住んでからは長いですか?

”"齋藤 まきさん20年ぐらい勤めてましたので、ずっと焼津にいますね。

myicon編集長 ケンフィーずっと同じ場所で働いて来たんですか?

”"齋藤 まきさんいえ、一度きりの人生なので、いろんなことをやってみたいと思って、20年勤めた金融機関を辞めて、その後は自由に動けるように派遣という形で働きながら、地域のボランティア活動をしていました。

myicon編集長 ケンフィー地域のボランティア活動を始めたきっかけってありますか?

”"齋藤 まきさん父親の転勤で常に場所を移ってきたので、私には幼馴染みもいないですし、昔からのお友達もいないんですよね。でも、焼津に引っ越してきて、地元の企業に就職をしたところで、私はずっとこの街にいるんだろうなっていうのが芽生えてきました。その時に、この街のためにできる何かをしたいと思いました

myicon編集長 ケンフィーそこからいろんな活動をされていたわけですね。具体的にはどんな活動をされていたんですか?

”"齋藤 まきさんいろんな活動というほどの活動ではなく、地域のイベントに参加をしてみることが多かったです。私はどちらかと言えば、元々は受身の活動ばかりでした。

myicon編集長 ケンフィーそこから、「自分でも何かやってみよう」みたいなことはあったんですか?

”"齋藤 まきさん実は私は、自分で何かをするというタイプではないんですよね。誰かが何かをやっていることに対して全力で応援をする、全力でサポートするというスタンスの人間なので、私が先頭を切って何かをしようっていうことはないです。

意識が変わった瞬間〜ボランティアからマネージャーへ〜

myicon編集長 ケンフィーそんな中で、「やいづテレビ」のマネージャーをやっていたのは、何か転機があったんですか?

”"齋藤 まきさん確かに「やいづテレビ」に関わるまでは、受け身の活動ばかりだったと思います。「やいづテレビ」主宰の青木さんと出逢って、青木さんの考え方にすごく感銘を受けて、すごく共感できたというのが自分の中では1番大きかったですね。

myicon編集長 ケンフィー具体的にどういったところに感動されたんですか?

”"齋藤 まきさん「焼津で頑張っている人に楽しんでもらおう」「焼津で頑張っている人がもっといろんな活動ができるように、いろんな人たちと会えるような場を作ろう」っていう、そういうところにすごく共感できました。

myicon編集長 ケンフィー最初は、「やいづテレビ」との関わりはどのような感じだったんですか?

”"齋藤 まきさんちょうど金融機関を辞めてから、2ヶ月ぐらい休んでいた時期があり、その時に「やいづテレビ」に顔を出すようになりました。遊びに行く感覚ですね。

myicon編集長 ケンフィーなるほど。

”"齋藤 まきさん毎週行っているうちに、「暇だったら手伝ってよ」みたいになって、最初は配信をするための雑用を手伝っていたという感じです。なので、スケジュール管理を含めたマネージャーとして活動するようになるのは、半年から1年後です。

myicon編集長 ケンフィー遊びに行くついでに手伝っていたところから、マネージャーとしてサポートしようと思ったきっかけって何ですか?

”"齋藤 まきさん自分の好きな時に行って、自分が楽しんで、そのついでに雑用的なことを手伝って帰るという感じでした。ですが、配信が21時に終わったあと、「やいづテレビ」主宰の青木さんが1人でスタジオに残って、編集作業から掃除までやっていることを目の当たりにして、「このままでいいのか」と思うようになりました。

myicon編集長 ケンフィー運営側の苦労が垣間見えたというわけですね。

”"齋藤 まきさんスタジオの電気代や機材は、青木さんが賄っていて、さらに時間をかけて運営しているーーそれに対して、「ただ楽しかった」というだけで帰っちゃっていいのかなと自分の中ですごく疑問に思ったんですよね。

myicon編集長 ケンフィーそこから意識が変わっていったんですね。

”"齋藤 まきさんその日からゴミを捨てたり、片付けをしたり、「青木さんが1人でこなしていることを少しでも私の方に分けてください」って言って、役割を引き受けました。そこから劇的に私の中の意識が変わりました。

myicon編集長 ケンフィーそこからマネージャーになっていくんですね。

”"齋藤 まきさんそんな感じで立ち回っていたら、だんだん青木さんが認めてくれるようになって、いろいろ重要なことも頼んできてくれるようになりました。

myicon編集長 ケンフィーなるほど。

”"齋藤 まきさん私としては、すごく信頼されていると感じて、本当に嬉しかったんですよね。だから、大変だったこともたくさんあるんですが、すごく信頼してもらったということは、今でもすごく嬉しく思っています。

「やいづテレビ」の終焉、そしてコミュニティFM「RADIO LUSH」開局への新たな道

myicon編集長 ケンフィー「やいづテレビ」マネージャーから「RADIO LUSH」総務制作部へとなった経緯はどんな感じですか?

”"齋藤 まきさん「やいづテレビ」を終了するきっかけから話が始まるんですが、「やいづテレビ」を終了した背景には、YouTubeで誰でも配信できる知識と環境が整ったというのがあります。青木さんが「やいづテレビ」を始めた頃って、2011年に東日本大震災があって、地域防災を伝えるという目的もありました。

myicon編集長 ケンフィーなるほど。

”"齋藤 まきさんその時は、まだYouTubeっていう媒体が見る専門で、自分から発信する媒体ではなかったんですよね。なので、自分で配信できない人が多かったから、そういう人たちのお手伝いも兼ねて、「やいづテレビ」はスタートしました。

myicon編集長 ケンフィー10年以上前に立ち上げた時は、「YouTubeで発信するお手伝い」と「地域防災」の二つの意味を兼ね備えていたんですね。

”"齋藤 まきさんでもYouTuberという言葉が一般的になって、誰でも配信できるようになった今の時代、今までの惰性で続けるのはよくないだろうということで、2024年の2月に終了しました。そこから、「RADIO LUSH」が始まることは知っていたんですが、自分がやることはないだろうなとも思っていました

myicon編集長 ケンフィーそれはなぜですか?

”"齋藤 まきさん私が「やいづテレビ」に関わっていたのは、頼まれて動いていたのが大きかったので、自分から「RADIO LUSH」に関わることは考えにくかったですね。

myicon編集長 ケンフィーなるほど。

”"齋藤 まきさんでも、私が「やいづテレビ」でマネージャーをやってきたのを、ずっと見てくれていた方がいて、その方が「RADIO LUSH」にも関わっていて、ゲストのアテンドを中心に、RADIO LUSHの知名度を上げて欲しいと頼まれました

myicon編集長 ケンフィーそういう経緯があったんですね。

”"齋藤 まきさんただ最初は断ってたんですが、思い切ってやってみた感じですね。

myicon編集長 ケンフィー「やいづテレビ」は有志の活動でしたが、しっかり見てくれていた人がいて、今の仕事に繋がっているんですね。

”"齋藤 まきさんそうなんですよ。ありがたいことです。

地域に根ざしたラジオ局へ〜防災への想いと今後の展望〜

”"齋藤 まきさん焼津には元々「FMクロスヤーヅ」という有志が立ち上げたコミュニティFMがあったと聞いています。また、中野焼津市長も15年くらい前に、地域防災としてのコミュニティFMを公約に掲げていたとか、いなかったとか・・。
「RADIO LUSH」開局の際には、青木さんにも話があったらしいんですが、「やいづテレビ」を閉めるタイミングで、配信関係から手を引くと決められて、結果的に私がその想いを引き継いでいる感じになっています。

FMクロスヤーヅ

myicon編集長 ケンフィーいろんな人がコミュニティFMを作ろうと動いてきた歴史があるんですね。

”"齋藤 まきさん「FMクロスヤーヅ」は2006年ごろから有志たちで動いていたらしいですね。

myicon編集長 ケンフィーなるほど。

”"齋藤 まきさんまた「FMクロスヤーヅ」「やいづテレビ」は別々の有志団体ですし、「RADIO LUSH」は株式会社LUSHのグループ企業が運営していますので、「地域防災のためのコミュニティFM」という志は同じでも、それぞれ運営が異なりますね

myicon編集長 ケンフィーRADIO LUSHが地域防災も目的なのは初めて聞きました。

”"齋藤 まきさんRADIO LUSHについては、地域に密着して、地域防災をもう少し強く発信していけたらと思っています。でも、まだまだ開局したばかりで知名度がないので、まずは知名度を上げるのが第一ですね。

myicon編集長 ケンフィーそのためにゲストをアテンドして、口コミで広げているという感じなんですか?

”"齋藤 まきさん来ていただいた方に、「楽しかったよ」と言っていただいて知名度を広げたり、近くのイベントにこう出向いて、ご挨拶をさせてもらったり、周知活動みたいなのも、どんどんしていかなきゃいけないと感じています

myicon編集長 ケンフィー中々大変な作業ですね。

”"齋藤 まきさん行政や企業にもご挨拶に伺ったりしながら、とにかく今は知名度をあげることを第一に動いてます。

myicon編集長 ケンフィーちなみに、地域防災としてのコミュニティFMに関して、齋藤さんの中ではどんなイメージですか?

”"齋藤 まきさん例えばお年寄りが1人で住まわれていたりしても、災害などがあった時に、焼津に住む人全員に情報を届けられるということが大事だと思っています。

myicon編集長 ケンフィーなるほど。

”"齋藤 まきさん若い人たちはインターネットで調べることはできると思いますが、インターネットで情報をうまく取れずに取り残されてしまう人も絶対いると思うんですよね。そういう人たちがラジオをつけた時に、今どういう状況なのかっていうのがわかると、自分がどうしたらいいのかというのが分かって、気持ち的にも安心すると思うんですよね。

myicon編集長 ケンフィー「南海トラフ」などの大災害に備えても、必要な存在ですね。

”"齋藤 まきさん電気が止まったらスマホも見れなくなるので、乾電池で動くラジオで、自分の命を守る情報が入ってくるようにするのが、防災にも繋がると思いますね。

myicon編集長 ケンフィー確かに、バッテリーが切れるとスマホは使えなくなりますもんね。

”"齋藤 まきさんできれば皆さんにラジオを用意してもらって、何かあった時に、「RADIO LUSH」(FM80.7)にチャンネルを合わせてもらえたらと思っています。

myicon編集長 ケンフィー実際に、災害があったときも、RADIO LUSHは稼働されるんですか?

”"齋藤 まきさん実はスタジオには災害時の原稿が貼ってあるんですよ。なので、何かあった時には、ここ(スタジオ)に誰かが来て、マイクをオンにして、この原稿を読み上げることになっています。そして、行政からの情報をここで読み上げます。


(災害時原稿)

myicon編集長 ケンフィーそこまで想定されて開局されていたんですね。

”"齋藤 まきさんそうすれば、ラジオさえあれば家にいながらにして、命を守るための情報を得ることができますし、そういうお手伝いができたら、すごくいいなと思っています。それが本来のコミュニティFMの役割なんじゃないかなとも思ってます。

myicon編集長 ケンフィーそのためにはRADIO LUSHの認知度を上げることもそうですし、RADIO LUSHが焼津市民にとって馴染みのあるものにならないといけないですね。

”"齋藤 まきさんはい。なので、まずはそこの地固めからやっていかないといけない感じですね。

myicon編集長 ケンフィー取材は以上になります。素敵なお話をありがとうございました。

RADIO LUSH公式サイト

(取材協力: 齋藤 まき 氏(Instagram)/取材・編集:ケンフィー(Instagram, Twitter))